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(漆黒の闇)
(突然のスポットライトに、舞台が浮かび上がる)
(舞台にはまだ分厚いビロウドの幕が下ろされたまま。やがて、客席にアナウンスが流れ出す)
「――皆様」
(男の声。かすかな緊張を滲(にじ)ませ、厳(おごそ)かに語りかける)
「――皆様、ご拝聴くださいませ」
「これより催されるは、たった六夜の劇。たった一度の開演」
「役者は揃い、お膳立ても万端。筋書きは亜米利加(アメリカ)の生んだ鬼才、ゲイリー・ガイギャックス氏作のRPGという遊戯を汲(く)んでございます。書籍の体裁こそとっておりますが、小説にあらず、脚本にあらず、さりとてただの演劇記録にもございません。はてさて雲をつかむような説明ですが、面白さだけは間違いなし」
「役者のひとりは奈須(なす)きのこ。かつては世界を制した帝国、ドナティアの誇る黒竜騎士団にて、〈黒の竜〉と契約したばかりの――とある呪いに蝕まれた青年騎士を演じていただきます」
「役者のひとりは虚淵玄(うろぶちげん)。旭日(きょくじつ)の大国、黄爛(こうらん)の宗教組織・八爪会(はっそうかい)の武装僧侶にして、意思持つ妖剣・七殺天凌(チーシャーティェンリー)を操る暗殺者を演じていただきます」
「役者のひとりは紅玉(こうぎょく)いづき。ドナティアと黄爛に挟まれた小さな島国ニル・カムイにて、魔物と融合してしまった哀しき奴隷――つながれものを演じていただきます」
「役者のひとりはしまどりる。かつて島国ニル・カムイを統べていた、人に似て非なる異種族。空と海と大地を巡る魔素流(ストリーム)の恩恵を与えられた、ニル・カムイの象徴たる存在、皇統種(こうとうしゅ)を演じていただきます」
「役者のひとりは成田良悟(なりたりょうご)。こちらの方の役柄は、今は伏せさせていただきたく存じます」
「いまや舞台は、開演を待つばかり」
「いとも古く、かくも新しきこの舞台で、私たちはあなたに問いましょう」
「さて、あなたは――あなたなら――この劇中で、いかなる決断を下しますか? それはこの役者たちと同じですか? それとも違う決断でしょうか? 彼らの選んだ決断を、あなたはどうお考えになりますか?」
「それでは皆様、最後までお楽しみくださいませ」
(静寂。スポットライトは消える)
(再び、漆黒の闇)
(そして)
(――光とともに、幕があがる)
――風が、吹いていた。
ひどく、乾いた風。
熱された風。
火山の頂から吹き下ろす間に、すっかり水気を奪い取られた硫黄混じりの気流。その臭気と肌触りだけで、ここが異界なのだと思い知らされる。人間のごとき定命(じょうみょう)の輩は、この場で息を吸うことも許されぬのだと。
この場所では、空気や一握の砂さえも、すべて主に奉仕せねばならぬのだと。
しかし。
今は。
黙々と、彼らは山肌を歩いていた。
誰もが死を覚悟し、生命(いのち)よりも大事な何かを腹に抱えていた。
摩り切れた靴や、乱雑になめし革を張り合わせただけの鎧は、いくら貧しい島とはいえ軍隊などと到底呼べないお粗末な装備だが、彼らの瞳にはその劣悪さを埋めるだけの烈しい炎が宿っていた。ひとりひとりの意志の熱量だけが、この火山に棲まうモノへの恐怖を打ち払っていた。
そして、進軍しているのはヒトだけじゃない。
吐き出す息も荒々しい戦士たちの間には、つぎはぎだらけの服を着た少年や少女が混じり、その背後にはさまざまなカタチの魔物が付き従っていた。よくよく見れば少年少女の身体からは奇怪な蔦(つた)が生えており、背後の魔物とつながっている。この島に特有の、つながれものと呼ばれる魔物と人間の組み合わせだ。彼らが例外なく年若いのは、ほとんどのつながれものが十六の歳を迎えられずに死亡するゆえだろう。
まるで死を賭した巡礼のごとき、大人と子供と魔物たちの進軍。
――わたしは。
わたしは、そんな軍隊のまっただ中にいた。
フィクションマスター(以下、FM): では、紅玉さん。
紅玉いづき: (緊張した顔でうなずいて)は、はい。よろしくお願いします! うわあああ、音楽鳴ってる……なんか映画っぽい……! ええと、わたしは軍隊に交じって火山にいるんですよね? ね?
FM: それで大丈夫です。……手元に本がありますね?
紅玉いづき: あ、はい。(ぺらぺらとめくって)わ、何これすごい! わたしのキャラの本なんですね! 数字とかイラストとかいっぱい!
FM: それがキャラクターブックです。紅玉さんがつくったキャラクターの人生やできることを全部一冊の本にまとめたものですね。あなたのキャラクターそのものでもあります。
紅玉いづき: わわ、ホントだ。ホントだ! 前に決めたものが、こんな風にまとめられるんですね……(夢中でめくる)。
FM: では、そろそろ自己紹介を。
紅玉いづき: あ、あ、そうですね! (我に返って)名前はエィハです。まだ十歳だけど、奴隷としてあちこちで売買されてきて、すっかり人生について諦めてしまっている女の子。生まれつき魔物と融合したつながれもので、ヴァルって名付けた相手と、魔術の蔦でつながってます。
FM: おお、十歳。それはまた大変な人生を……。これからはエィハって呼びますね。
紅玉いづき→エィハ: はい!
FM: じゃあ、君とつながったヴァルはどういう魔物かな?
エィハ: 両目の潰れた巨大な犬に、蝙蝠(こうもり)の翼を掛け合わせたようなバケモノです! 真っ白い身体が骨が見えそうなぐらい瘦せてて、長い舌をだらんって垂らしてます。吐息にはかすかな毒が混じってるんで、まわりにはかからないように気をつけてるんです!
FM: ず、ずいぶんグロ……
エィハ: グロじゃないです! 気持ち悪いのが可愛いんです、ここは譲りません!(力説)。潰れた目には包帯を巻いて、そこには愛らしい季節の花を添えてます。毒ですぐ枯れてしまうんですが、枯れるたびに新しい花をさしてあげるのが、わたしの愛情です。
実際、わたしと出会ったもののほとんどは、ヴァルを気持ち悪そうに見ていた。
人間を一吞みにできそうな巨体。それでいて、あばらまで透けて見える瘦せた身体。ごわごわした毛並みは固くて摑(つか)み甲斐があるのだけれど、ほかの人には血と砂にまみれた不吉な獣としか映らないらしい。
でも、わたしには関係ない。
わたしはヴァルで、ヴァルはわたしで――いいや、わたしの方こそヴァルの一部なんだから。
FM: りょ、了解しました。では、こちらもどうぞ(手元から小さな駒を差し出す)
エィハ: なんです? あ、エィハだ! ペーパーフィギュアになってる! あはは、ヴァルの方がずっと大きい(笑)。
FM: そういう駒があった方が感情移入できますからね。行軍中はヴァルの背に乗ってるのかな?
エィハ: はい! こう、火山の風に吹かれて、いつも以上に毛皮がごわごわしてるんですがそこに身体ごとうずくまってる感じで(ヴァルの駒にちょこんとエィハを乗せる)
FM: ちょっと痛そうですね(笑)
エィハ: 慣れてますから(笑)。んで、この軍隊とはいまいち馴染みきれてないので、後ろの方からちまちま付いていってます。
FM: なるほど。では、そうして一緒に行軍していると、後ろから山がひとつ、のっそりと迫ってくる。
エィハ: 山!?
FM: 正確には、小さな山ほどの巨人。あなたや軍隊のほかの魔物たちと同じ――人間と命を共有しているつながれものです(もうひとつテーブルに駒を出す)
エィハ: そ、そんな大きいのもいるんですか。ヴァルも十分大きいのに……(フィギュアを見て)わ、ホントにヴァルよりおっきい!
山、としか思えなかった。
こうして見上げるのは何度目か分からないが、いつも首が痛くなってしまう。
多分、ニル・カムイ中のつながれものを集めても、これより巨大な魔物と繫がった人間はいないんじゃないだろうか。
エィハ: これって……どれぐらいの高さなんです?
FM: 肩までの高さだと、ドナティア単位で四十メルダ。現実世界の単位だと四十メートルということになるね。
エィハ: よ、四十メートル!?
FM: うん、四十メートル。その高さから、「小休止します!」と、肩に乗った少年が叫ぶと、軍隊全員がそこらへんに腰を下ろすよ。短い時間だけど靴を脱いだり、汚れた革袋から水を飲んだりと、精一杯に休みを貪る感じ。
エィハ: はわぁ……。じゃあ、わたしもヴァルの背中から降りて――いやでも離れて歩くのも嫌だし、ヴァルを丸くさせてその中に寝転がります。
FM: 魔物であるヴァルはともかく、君の身体は十歳の女の子だからね。しがみついてるだけでも、結構疲れてはいるよ。……で、そうするエィハのすぐそばへ、岩巨人の手のひらに乗って、さっきのつながれものの少年が降りてくる。
エィハ: さっきの人が?
FM(少年): うん。「エィハさん、ちょっといいかな」
<img class="figure-image figure-image-229" id="figure-image-229-01a" alt="" src="/works/special/reddragon/00/00.res/figures/229.png">エィハ: え、あ、うーんと、この人が軍隊の一番偉い人なんですか?
FM: 革命軍の、この戦闘部隊ではトップだ。名前はイズン。年齢こそ低いけれど、なんせこの岩巨人を操れる以上、戦力として彼を超える者はそういない。
エィハ: ですよねえ。四十メートルですものねえ(納得顔)。じゃあ……小さくあくびを返します。
FM(イズン): あくびなんだ(笑)。じゃあ、イズンは少し困ったような顔で、「いや疲れてないかなって思って。ずいぶん歩いたろう?」
「なんだかさ、もう一生分歩いた気がしない?」
頰を搔いて、イズンが言う。
時々、彼はこうして話しかけてくれる。
変わり者といってもいい。同じつながれもの同士でも、わたしと親しく話していた相手なんて、ひとりしかいない。
今回も、一生懸命話しているイズンを、わたしはただぼんやり見つめていた。
FM(イズン): 「でも、島の外はもっと広いんだってさ。昔、阿(ア)ギト様がよくそう言ってたよ。阿ギト様のことは何度か話したよね?」
エィハ: 阿ギト様? ううん……よく覚えてないってかぶりを振ります。
FM(イズン): 覚えてない(笑)。少しショックを受けた顔になって続けるよ。「ええとほら、三年前、七年戦争の最後で捕まった僕らの第一指導者。それ以来、ユーディナ様と僕が革命軍を預かってるけど、ユーディナ様はともかく、僕の言葉はほとんど阿ギト様の受け売りみたいなもんだから」
エィハ: ああー、憧れな感じなんですね。
FM: そうだね。まさしく彼にとっての憧れなんだろう。いくつもの戦場を経てるけれど、イズンの精神はまだ少年のものだから。
「あの人なら、ドナティアも黄爛も退けてくれる。僕たちのようなつながれものでもまじりものでも、関係なく生きていける国をつくってくれる」
そんな言葉で拳を握るイズンを、わたしは遠い場所みたいに眺めていた。
きらきらした瞳だな、と思う。
同じ境遇でも自分とは縁遠い、眩しくなるような瞳。
FM(イズン): 「もうすぐ、阿ギト様に恩赦も下されるそうなんだ。七年戦争からずっと市民の人気も高い人だったから、ついにニル・カムイ議会も無視できなくなって、ようやく牢獄の中から……」
エィハ: うーん……。
FM: 何?
エィハ: そんなに大切な人なら、こんなところにいないで、恩赦に立ち会えばいいのにって思ってます。
FM: さて、どうかな。会話が途切れると、イズンは君に「そうだ。声をかけた用なんだけど会わせたい人がいるんだ」って言い出すよ。
エィハ: ……だぁれ?
FM: ひとつうなずくと、イズンとつながっている岩巨人が、大事そうに支えていた駕籠(かご)を下ろす。ほかの革命軍の装備とうってかわって、その駕籠だけは一流の職人が手がけたものと一目で分かる。
エィハ: なんか立派だ!
FM(イズン): 「頭を下げていてください」そう言って、イズンがその駕籠の前にひざまずく。エィハにも目配せして、ニル・カムイに伝わる胸の前に手を交差させる礼をとるよ。
エィハ: ひょいっとヴァルに飛び乗って、ヴァルの上で伏せるように頭を下げます。ヴァルも一緒になって。
FM: それは可愛らしい(笑)。――では、イズンは駕籠へとこう話しかける。「忌(イ)ブキ様、拝謁を許していただけますか」
エィハ: 忌ブキ様?
FM: ええ。では、しまどりるさん、登場してください。
びりびりと、背中が痛むのをわたしは感じた。
いつもそうだった。何か、どうしようもない大きな流れに巻き込まれるとき、わたしの背中はびりびりと痺れる。
たとえば。
たとえば、深い森に棲んでいたわたしとヴァルを、偶然狩人が見つけて弓を引いたとき。
たとえば、同じ奴隷商人に働かされていたつながれものの友人が、ドナティア貴族の足下にスプーンを落としたとき(彼女はその翌日首をはねられた)。
たとえば、とある伯爵に買い上げられていたわたしが、この自称革命軍にさらわれて(強制徴集されて)――愚かしいことに、二度とつくらないと決めた友人をつくり――一年以上も行動をともにすることになった、その出会いのとき。
今度も、そうなるんだろうか。
わたしの運命は、またどうしようもないところで書き換わるんだろうか。
イズンと違って、彼女と違って――わたしの目には、未来なんて映らないのに。
同じ痛みを感じたのか、ヴァルが低く唸る。
そして。
駕籠の覆いが、内側から開かれた。
「――忌ブキ様、拝謁(はいえつ)を許していただけますか」
その声に、ぼくの肩がぶるっと震えた。
「っ……!」
唾を飲み込む。
拝謁を許す。そんな言葉自体、村にいたころは一度も聞いたことがなかったから。
もう、焼けてしまった村。
この革命軍という人たちが見つけてくれるまで、ぼくがぼうっと座り込んでた焼け跡。
「……」
もう一度、唾を飲み込む。
ぼくのことを皇統種と呼ぶ、その人たちに向かい合おうと決心する。
しまどりる: き、きた! えっと、駕籠の中にいるんですよね。
FM: そうですよ。どうします? 顔を出さずに声だけを返してもいいですが。
しまどりる→忌ブキ: あ、いえ、やりますやります! めっちゃ気になりますから、顔出しますよ!
FM: OK。では、あなたが内側の紐(ひも)を引くと、駕籠の幕があがる。こちらをどうぞ(忌ブキの駒を出す)
エィハ: こっちにもペーパーフィギュア!
FM: プレイヤーのキャラクターは全員分ありますよ(笑)。エィハの前に現れたのはおそらくは魔物の因子が混じったまじりもの――だというのに、不思議なほどの神聖さを漂わせた少年だ。
見られてる、と思った。
つい最近、自分の額から生えてきた一本の角。
皇統種の証だと、焼け野原でぼくを見つけた人たちが言った角。
FM(イズン): 「ご機嫌はいかがでしょうか?」
忌ブキ: (戸惑って)ご、ご機嫌は……よろしいです。
エィハ: テンパってて可愛い(笑)。
FM(イズン): その感じで続けてください(笑)。では忌ブキに向かって、「こちらがエィハ。つながれものの中でも特に力強いものですので、忌ブキ様の護衛を担当させようかと思います」と話すよ。
忌ブキ: エィハ……さん。
FM(イズン): それからエィハに振り返って言う。「分かりますか? こちらが忌ブキ様。僕らが見つけ出した、この島でももう十人といない皇統種です」
エィハ: こうとうしゅ?
忌ブキ: あ、はい! この島を司り続けた皇統種って一族の末裔(まつえい)なんです。ただ忌ブキ自身は最近まで自分が皇統種だとか知らなくて、平和に村で過ごしてたんですけど、ちょっと村が焼けちゃって。
エィハ: ちょっと焼けちゃって!
忌ブキ: そうなんです。いろいろあって! で、その衝撃で皇統種として目覚めて角が生えちゃって、そんなところを革命軍に拾われたりしたのが今です。
エィハ: こちらもなんだか大変な境遇ですね……。
FM: プレイヤーからの自己紹介も終わりかな? じゃあイズンはエィハに向かって「あなたにはこの忌ブキ様を護ってほしい」と言うよ。
エィハ: 護ってほしい? 何から?
FM(イズン): 「剣からも、槍からも、魔法からも、もっとほかの脅威からも護って欲しいんです。それがきっと、僕たちを自由にします」
エィハ: 自由……
目の前の女の子が、ことりと首を傾げた。
隣に佇んだ犬と蝙蝠を掛け合わせたような白い魔物も、同じようにことりと首を傾げる。つながれものなのだ、とその動きで初めて実感する。
忌ブキ: うわ……
FM: どうしました?
忌ブキ: いやなんか、この駒とか今の掛け合いとか、すごくゲームゲームしてるのに、物語をつくってもいるんだなって。
FM: そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。では、間が空いたところで、改めてイズンが忌ブキに話しかける。「ところで、忌ブキ様」
忌ブキ: あ、はい。
FM(イズン): 「……本当に、〈赤の竜〉と話せますか?」
忌ブキ: ……え?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
FM: いい顔してますねえ(笑)。
忌ブキ: え、え、え? いやその。なんで? 確かに、〈赤の竜〉に会ったことは、あ、ありますけれど?
FM(イズン): 「あ、エィハは最近合流したから、ちゃんと説明してなかったですよね。僕たちは、これから〈赤の竜〉と話をしに行くんです」
エィハ: 〈赤の竜〉と?
FM(イズン): 「ええ、この忌ブキ様が昔お会いしたことがあるそうなんです。だから、忌ブキ様と一緒に説得できれば、僕たち革命軍は〈赤の竜〉の後ろ盾を得られる」
エィハ: (首を傾げて)忌ブキが、〈赤の竜〉に、乗るの? この子には蔦がないのに?
FM(イズン): 「つながれものでなくとも、話すことはできます。僕たちと忌ブキ様がお話できるではないですか」
エィハ: 少し、承伏していないような顔をしています。本当に心が通じるのは、言葉が通じるのは、蔦でつながったヴァルだけだと思っているから。
FM: なるほど。……あ、まだしまどりるさんが固まってる(笑)。
忌ブキ: (かぶりを振って)……いやその、確かにそうです。会ってます。間違いないです。でも、ちゃんと話したとかそんなのじゃないし、いきなりそんな話を振ってこられるとは思わなくて……
FM: 実際、忌ブキの心情は今のしまどりるさんと同じだと思いますよ。よく分からないままに攫(さら)われて、よく分からないままに火山に連れてこられて、よく分からないままに〈赤の竜〉と話せと言われているわけですから(笑)。
忌ブキ: む、村が平和な頃はあんなに平凡な人生だったのに――
そうだ。
ずっと自分は、平凡な子供だと思っていた。
〈赤の竜〉と出会ったことなど、本当にただの偶然で――
FM: あなたには偶然でしょうが、まわりはそう考えなかったということですね。心の準備ができるまで待ちましょうか?
忌ブキ: ……はあ、ふう(深呼吸)。いえ、もう大丈夫です。
FM: だったら、イズンは改めて言う。「忌ブキ様を信じてます。皇統種であるあなたが生き残ってくださったことこそ私たちの希望です。きっと〈赤の竜〉も説得できます」
忌ブキ: あ、あ、はい。よろしくお願いします。
FM: お、今の言葉にぱっとイズンは顔を輝かせるよ。革命軍のみんなに向かって、声を張り上げる。「みんな! 怖がるな! 〈赤の竜〉は敵じゃない! 忌ブキ様がそう仰ってくれているぞ!」
忌ブキ: ……。
エィハ: あ、やっちゃったって顔してる(笑)。
FM: 革命軍の皆からも「おお!」と轟(とどろ)きのような雄叫(おたけ)びが返ってくる。皇統種の言葉に、皆が息を吹き返したかのようだ。それから、イズンは忌ブキに頭巾を渡すよ。
忌ブキ: 頭巾?
FM(イズン): 「御角を隠すための幻術がかかった頭巾です。今後市井(しせい)に紛れることになれば、その御角は目立ちすぎますので」
忌ブキ: あ、なるほど。じゃあありがたくいただきます。
FM(イズン): 「ここからは忌ブキ様の駕籠もエィハに任せます。忌ブキ様の言うことに従ってください」
エィハ: ん、分かった。ヴァルに持たせるね。
ぼくの乗っていた駕籠を、今度は魔物のヴァルが軽々と背負う。
あばら骨が見えるほど瘦せこけているのに、意外なほどの力強さ。イズンさんがつながれものの中でも特別と言ったのは、噓じゃないのだと実感する。
革命軍とともに、ゆっくりと山を登っていく。
「……」
ひどく、悪寒がした。
この角が生えてから、ぼくの感覚はひどく鋭敏になっていた。見えるものはもちろん、見えないものについて、とりわけ敏感に察知してしまう。
その感覚が、訴えていた。
何か途轍もないものが、近づいているという悪寒。
壮絶なまでの、チカラの塊。
それは、かつて見たものと同じ――
FM: 途中、強烈な魔素におびきよせられた魔物が出てくるが、エィハの力なら問題なく退けられる程度です。そんなことを繰り返す内に……そうですね、一度忌ブキに【知覚】で成功判定をしてもらいましょう。このサイコロを使ってください。
<img class="figure-image figure-image-228" id="figure-image-228-01a" alt="" src="/works/special/reddragon/00/00.res/figures/228.png">エィハ: わ、何ですこれ? サイコロなのに四角じゃないし、どこを見るんです?
FM: 十面体ダイスっていう特別なサイコロです。もちろん見るのは上になった面ですよ。
忌ブキ: (サイコロを手に取って)十面体ダイス……!
FM: 1から0(10)まで数字が書いてあるでしょう。この片方を十の位、もう片方を一の位にすることで、1から100まで数字を出せるわけです。忌ブキのキャラクターブックにも、【知覚】と書かれた数字がありますね?
忌ブキ: あ、はい! 80%と書いてます!
FM: じゃあこの十面体ダイスを振って出た数字が、80以下なら成功ってことです。常人は40%ぐらいですから、忌ブキの知覚力は常人の倍ほどもあるってことですね。ではどうぞ。
忌ブキ: は、はい。うわ、すっごくゲームって感じ。えい!(サイコロを振る)。ええと……63!
FM: 成功です。皇統種として魔素に鋭敏なあなたの感覚は、〈赤の竜〉の棲まう洞窟まで、革命軍を迷わずに導きます(スタッフに手をあげる)。
(巨大なドラゴンのフィギュアをテーブルに配置。曲を変える)
忌ブキ: でかっ! 曲変わった!
エィハ: わああああっっっ! ドラゴンが出てきた! 岩巨人より大きい! 音楽怖い!
FM: その姿を見ると、革命軍の全員が「おお……」とそれぞれ膝を落とし、先ほどイズンが取ったような、ニル・カムイ独特の礼拝を取る。この島において〈赤の竜〉はそれほどに、おそらくは忌ブキ、あなたたち皇統種と同じぐらいに敬愛されている。
忌ブキ: というか、皇統種ってこんな竜ぐらい凄いんですか……!?
FM: この島ではそうですね。「赤竜さまだ……」とか「皇統種さまと赤竜さまの両方に……同じ日に一度にお会いできるなんて……」とか、感極まった者たちがすすり上げている。
エィハ: すごいことになってる……
FM: そしてイズンが、駕籠の中の忌ブキに語りかける。「さあ、忌ブキ様! 〈赤の竜〉へどうか御言葉を……!」
忌ブキ: (おろおろとして)み、御言葉?
FM: では全員が忌ブキの方を向いて、いったいどんな言葉を竜に掛けてくれるんだろうという感じで見ている。
忌ブキ: こ、声は、届くんですか?
FM: 洞窟まで距離は結構あるけれど、声を張り上げれば届くだろうね。そして、竜はゆっくりとあなたたちの方に顔をもたげる。涎を垂らし、目を血走らせた様相はいくぶん違ってるが、かつて君が会った〈赤の竜〉であることは間違いがない。どうします?
忌ブキ: まずは……絶句ですね。
そうだ。
会ったことはある。
二年前、ぼくの価値観を根こそぎ変えてしまった出来事。
村が焼き払われてしまうまで、ずっと秘密にしていた事件。近くの森で竜と出会っただなんて、そんなおとぎ話みたいなことを、どうして村のみんなに話せるだろう。
だけど。
本当に、これはあの竜か?
怯えたぼくを優しく見下ろしていた――そんな風に錯覚した竜か?
忌ブキ: ……ダメだ。昔と同じで……何も言えません。ごめんなさい。
FM: そう? せっかく現れた〈赤の竜〉に、何も話せないまま終わってしまう?
忌ブキ: ……はい。
FM: じゃあ、忌ブキが呆然とたたずんでいると――〈赤の竜〉の口から、ごっ! と炎の息(ブレス)が吐き出される。
忌ブキ: へあ?(声になってない声)
FM: 忌ブキのいない右翼側に……(サイコロをたくさん振って)30の百倍だから、3000点ほどのダメージを与えるブレスが約1キロメートルの長さに渡って放たれ、あなたたちと一緒に山を登ってきた革命軍の方々がぱたぱたぱたぱたと焼け焦げて……。
エィハ: はい?
FM: すべてが一瞬の出来事。焼け焦げた者は刹那に死亡。ブレスの範囲外だったものも数秒は反応できず、やがて「皇統種、さま……? 〈赤の竜〉……さま……? うわあああああっっっっっ!」と絶叫し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
忌ブキ: あ、あ……絶望の眼差しで、茫然自失してます……
FM: 了解です。では逃げそこねた兵士やつながれものは狂乱して叫び、あるいはその場に倒れ込み、またあるいは忌ブキにすがりつく。「どうして赤竜さまが!」「こ、皇統種様、噓ですよね!? 大丈夫だと仰ってくれましたよね!?」
忌ブキ: (引きつったような笑顔になる)
エィハ: ……忌ブキを連れて、逃げ出します。忌ブキの駕籠をヴァルにひっつかませて、エィハもそのまま乗っかって山を駆け下ります!
FM: OK。じゃあエィハと入れ違いに、勇敢なごく数人の兵士と、さきほどの岩巨人が〈赤の竜〉へ駆け出し、がっぷりと四つに組む。
それこそおとぎ話だった。
竜の吐息の通った跡は、岩さえも溶け落ちている。
まるで砂糖の山を、水で溶かしたみたいだ。その跡を踏みつけるようにして、巨人の手が竜の顎を摑みあげ、落雷のごとき轟音をあげる。いいやおとぎ話だって、こんな荒唐無稽な絵面があるものか。
何もかもが、遠い。
何もかもが、夢のヨウ。
何もかもカラ、ぼくハ目を塞いデ……
FM: イズンの岩巨人が押さえてる間に、ごくわずかな精鋭が飛び込んでいくが……。
エィハ: ……!
FM: (サイコロを振って)ひとりめは13ダメージ。まったく通らない。
忌ブキ: だ、駄目なの。
FM: (サイコロを振って)ふたりめは17ダメージ。三人目が16ダメージ。一般的なつながれものや兵士としては健闘しているといっていいダメージだけど、竜の鱗一枚を傷つけるに至らない。エィハはどうしてる?
エィハ: 一目散に逃げてます! 勝てないよ、あんなの!
FM: うん。そんな君に、岩巨人の背中からイズンが叫ぶ。「それでいい! 逃げてくれ! 忌ブキ様を阿ギト様のところへ! シュカの街へ!」言う間にも、竜の牙や爪によって、岩巨人の体がどんどん砕かれていく。脇腹の一部がもげ、頭が壊れ……その中をあなた達がひたすら逃げていく。
エィハ: ……ごめん。イズン。
FM: さて、二回目のドラゴンブレス。(サイコロを振って)射程1キロメートル、ダメージ3600点のブレスが君たちに向かってくるので、イズンが割り込み行動を取ります。
エィハ: (喉を引きつらせて)は……はい。
FM: ぶちり、と自分に残った右手を引きちぎり、ブレスから君たちを庇うように投げ込むんですが……エィハさん、ひとつ聞きたいことがあります。
エィハ: 何……です?
FM: イズンの投げてくれた巨人の右手に隠れられるのは、大きさから見て君とヴァルか、忌ブキの駕籠のどちらかだけです。
忌ブキ: ……え?
FM: 逃げながら駕籠から飛び出すほどの時間はない。忌ブキの乗った駕籠を投げ込むか、自分たちだけが隠れるか、選択してください。
エィハ: うわあ、ええと……
FM: (時計を見て)二分だけ時間をとります。決まらなければふたりとも焼け焦げますが。実際にはコンマ数秒のところを、死の間際で感覚が引き伸ばされてるとでも考えてください。
エィハ: あ、あ……忌ブキとは、これが初対面なんですよね。
FM: あなたはごく最近こっちの部隊に合流したばかりですからね。駕籠の中の忌ブキとは面会することもありませんでした。
忌ブキ: ぼくは……。
エィハ: ……生き残るのは、ひとり、だけ……。
FM: あと四十秒。選択を。
エィハ: ……決めました。忌ブキの駕籠を岩の陰に投げ込みます!
FM: 分かりました。ではヴァルが口で駕籠を摑み、岩の陰までぶん投げる。ぎりぎり入ったと確認したところで、竜の吐息が岩巨人はおろかあなたとヴァルの全身も包み込む。3600ダメージの結果はいうまでもないでしょう。
エィハ: ……はい。
FM: 全身が焼け焦げ、周囲はすべて溶岩と化します。ここで第二幕終了です。次のシーンに出る、奈須きのこさんを呼んできてください。
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